古典派の作曲家一覧して解説!押さえておきたい特徴と作風は?

    古典派の作曲家と言えば、ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンの3人が有名ですね。

    古典派時代は、作曲家たちによって、3つの楽章からなる「ソナタ形式」が発展した時代でもありました。

     

    ですが、実は古典派の作曲家は他にも沢山いるのです。

    そこで今回は、クラシック音楽の古典派の作曲家たち10人を特集します。10人それぞれの作風から代表曲まで解説していきますね。

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    目次

    古典派の作曲家を紹介!代表曲や国籍、どんな作風だった?

    フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732年~1809年 オーストリア生まれ)

    ソナタ形式を確立したのがハイドンです。

    弦楽四重奏曲と交響曲を数多く作曲したことから「弦楽四重奏曲の父」「交響曲の父」と呼ばれています。

    ハイドンは約30年間、大貴族エステルハージ家の音楽家として働き、多くの作品を作曲しました。

    弦楽四重奏曲の中では第77番「皇帝」が特に有名です。第2楽章の美しいメロディは、現在ドイツ国歌として親しまれています

     

     

    ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756年~1791年 オーストリア生まれ)

    7人兄弟の末っ子として生まれたモーツァルトは、天才的な音楽の才能を持っていたことから神童と呼ばれていました。

    子どもの頃からピアニストとして活躍し、学校にも通わず馬車に乗って演奏旅行に明け暮れます。

    人生の3分の1を旅して過ごしたほどです。

     

    ウィーンでは宮廷音楽家として活躍し、天才的なひらめきで作曲されたような明るく軽やかな曲を多く残しました。暗めな曲調の代表曲として、交響曲第40番があります。

    https://www.youtube.com/watch?v=iXO08-pKHJM

     

     

    ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770年~1827年 ドイツ生まれ)

    交響曲に合唱を取り込むなど、古典派の音楽スタイルを完成させ、次に続くロマン派の作曲家たちに大きな影響を与えました

    ベートーヴェン以前の音楽は宮廷や貴族のために作られていましたが、大衆のための音楽を作曲したことも功績の1つです。

    苦しみや情熱などを込めた、深みのある曲を多く作曲しました。

    20代からの難聴に苦しみながら作曲活動を続け、生涯独身でしたが恋多き作曲家でもありました。

    辛い運命と戦う感情を込めた、交響曲第5番「運命」はあまりにも有名ですね。

     

    ジョバンニ・バッティスタ・サンマルティーニ(1700年頃~1775年 イタリア生まれ)

    古典派前期にミラノで活躍した作曲家です。

    兄のジュゼッペ・サンマルティーニも作曲家としてロンドンで活躍したことから、ジョバンニは「ミラノのサンマルティーニ」と呼ばれます。

    いくつかの教会の楽長を務め、宗教音楽を多く作曲しました。

     

    また、交響曲の第1楽章にソナタ形式を用いたことから、ソナタ形式の交響曲の創始者とされています。

    膨大な曲を作曲しましたが、代表作の1つに軽やかな「チェロソナタ ト長調」があります。

     

     

    カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714年~1788年 ドイツ生まれ)

    「音楽の父」と呼ばれ、バロック期に活躍した大作曲家バッハの次男です。

    左利きであったため、弦楽器の演奏は苦手でしたが、ピアノフォルテ(後のピアノ)の才能に恵まれました。そのため盤楽器のための曲を多く残しています。代表作として「ヴュルテンベルク・ソナタ」の6曲があります。

    ソナタ形式の第1楽章を「急(早いテンポ)」、第2楽章を「緩(ゆっくりのテンポ)」、最後の第3楽章を再び「急」とするなど、ソナタ形式の基礎を作りました。

     

     

    ・アントニオ・サリエリ(1750年~1825年 イタリア生まれ)

    ウィーンの宮廷楽長として活躍し、オペラや宗教音楽を数多く作曲しました。イタリアオペラを多く手がけましたが、フランス語のオペラも残しています。代表曲にオペラ「ダナオスの娘たち」があります。

    映画「アマデウス」の中でモーツァルトのライバルとして描かれたことをきっかけに、広く知られる作曲家となりました。べ-トーヴェンやシューベルトを育てた名指導者でもあります。

     

     

    ・クリストフ・ヴィリバルト・グルック(1714年~1787年 ドイツ生まれ)

    グルックは主にオペラ創作に力を入れた作曲家であり、オペラ改革を行ったことで音楽史に名を刻みました。

    それまで過剰に装飾されていたオペラの歌曲を、シンプルなものに変えるなどして、後のオペラ作曲家たちに影響を与えたのです。

    最も有名なオペラ作品は、伝説を基にした「オルフェオとエウリディーチェ」です。その中の1曲「精霊の踊り」は、中間部の美しいフルートソロが親しまれています。

     

     

    ルイジ・ボッケリーニ(1743年~1805年 イタリア生まれ)

    チェロの名演奏家でもあったボッケリーニは、チェロの独奏曲や弦楽四重奏曲、さらに弦楽五重奏曲を数多く作曲しました。

    中でも「弦楽五重奏曲ホ長調第3楽章」が美しく有名です。「ボッケリーニのメヌエット」と呼ばれて親しまれています。

    1つのメロディを展開させていくソナタ形式にこだわりすぎず、いくつかのメロディからなる音楽を作曲したことがボッケリーニの特徴です。ソナタ形式を重視していた古典派の作曲家たちの中でも個性的な存在です。

     

     

    ムツィオ・クレメンティ(1752年~1832年 イタリア出まれ)

    ピアニストとして活躍し、ピアノ製造会社を設立したほかに、指導者としても優秀なピアニストを育成しました。

    ピアノ作品を多く作曲していますが、現在クレメンティの作品で1番有名なのは「6つのソナチネ」です。

    子ども向けの作品なので難易度は易しめですが、軽やかで美しい曲です。

    クレメンティはこのソナチネ以外に、当時としては珍しくピアノ学習者が指を訓練するための教則本も残しています

     

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    ヨハン・ネポムク・フンメル(1778年~1837年 ハンガリー生まれ)

    ハイドンの後任としてエステルハージ家の楽長を務め、聖歌隊を指導する一方で宗教音楽などを作曲しました。

    またフンメル自身が優秀なピアニストであったことから、特にピアノ曲を多く作曲しました。

    現在ではあまりなじみのない作曲家ですが、フンメルはベートーヴェンと共に大作曲家として名声を獲得していました。

    代表作の1つに「トランペット協奏曲ホ長調」があります。

     

    フンメルの作風として、モーツァルトの作品からメロディを使用するなど、他の曲のメロディを使うことが度々ありました

     

     

    西洋音楽の基盤!【古典派の作曲家達のまとめ】

    古典派の作曲家たち10人をご紹介しました。

    古典派音楽の基礎を作った作曲家から、次に続くロマン派音楽に大きな影響を与えた作曲家まで解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。

    初めて名前を聴く作曲家も何人かいたと思いますが、この記事で主要な古典派作曲家たちの人物像や作風を知ってもらえたはずです。

    今回ご紹介した代表曲以外の作品もぜひ探してみてくださいね。

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