今回は、ハンガリー生まれの作曲家であるフランツ・リストについて解説していきたいとおもいます。
有名な曲はラ・カンパネラでしょうか? 辻井伸行さんの演奏が話題ですね!
ハンガリー語が喋れなかったハンガリーの音楽家
フランツ・リストはハンガリー出身の作曲家ではありますが、活躍した土地は現在の「ドイツ」であり、生涯ハンガリー語を喋ることはなかったそうです。
ハンガリー出身なのにハンガリー語を喋らなかったリストですが、当時の時代背景的に、生粋のハンガリー人すらハンガリー語を喋れないことは多くあったため、珍しくないそうです。
また、母はオーストリア人で父はオーストリア系ハンガリー人であったため、彼自身の母語はドイツ語でした。
しかし、パリで活動するために後半生はドイツ語ではなくフランス語の方がよく使われていました。
音楽的な位置づけはドイツロマン派
ハンガリー生まれのリストですが、ハンガリー音楽を多く書いていたわけではなかったため、国民楽派として位置づけられることはなく、ドイツロマン派に分類されることが多くなっています。
また、ハンガリー音楽を深く理解している様子ではなかったそうです。
観客が失神!? 見るもの全てを虜にしたリストの演奏技術
リストは自身が持つその超絶技巧がゆえに、ピアノの魔術師などと言われました。
リストは当時美青年としてルックスが評価されており、それに加えて超絶技巧による情熱的な演奏が加わり、観客である女性は気絶してしまうことも少なくなかったようです。
イケメンがめちゃくちゃカッコいい演奏をしているというイメージですね…
演奏中にピアノを壊してしまうリスト
リストは超絶技巧で力強い演奏もしましたが、乱暴に弾いていたわけではなくその繊細さも評判の一つでした。 そんなリストですが、演奏中にピアノの弦が切れてしまったり、重要なパーツであるハンマーが壊れてしまうといったことが多くあったそうです。
演奏中にピアノが壊れてしまっては演奏を再開できないため、予め数台のピアノを用意しておき、弾けなくなったら別のピアノに移動して再開するなどの処置がとられていたそうです。
現代ではまったくもって考えられないですね(笑)
ちなみに、オーストリア製のピアノ「ベーゼンドルファー」は彼の演奏でも壊れなかったそうで、当時話題になりました。
人格者として有名であったリスト
リストは、超絶技巧のピアニスト兼作曲家として活躍しただけでなく、指導者としても活動していました。
当時のリストは演奏以外で収入を得たくないという方針であったため、全ての弟子に無料で指導をしていたそうです。
その指導は各生徒の感性を重んじて、決して自分のように超絶技巧を真似することを強要しませんでした。
また、指導の際に難しい言葉は使わず、馴染みやすくわかりやすい言葉を選び指導していたそうです。
弟子たちに対して愛を持って指導したリストですが、多くの優秀なピアニストを輩出することとなります。
その中で印象的なのが、弟子であったどのピアニストも皆リスト自身の演奏を称賛しています。
これは、リストが当時難関とされていた曲を完璧に弾きこなしていた何よりもの証拠として考えられています。
リストの有名な曲
リストは自身が超絶技巧をこなせたため、彼が作曲した曲も難易度が高いものが多いです。
その中でも有名で親しみやすい曲を3つ紹介します。是非聞いてみてください。
パガニーニによる大練習曲 第三曲「ラ・カンパネラ」
ハンガリー狂詩曲 第二番
愛の夢 第三番